あなたが大学を卒業したばかりの新人で、配属先で初めて仕事を任されたときの事を思い出してください。当然新人の初仕事なので、自分の先輩がその内容をチェックし問題があれば指摘していたと思います。これが内部統制です。
少し一般化すると、あるタスクを実行するときに、タスク実行主体A以外の、独立した別の主体Bがその結果を確認する仕組みの事です。上記の例だとAはあなた、Bが先輩になりますが、AやBは一人である必要はなく、複数人でも構いませんし、タスクも一つでなくても構いません。たとえば、プロジェクトチームが作った試作品を、役員全員でレビューするというのももちろん立派な内部統制になります。
ポイントとしては、タスクが一つの実行主体で完結せず、必ず別の主体が関与しているということです。
「Aが実行し、Bがチェックをする」というのは、至極当然のことのようにみえ、それに疑問を持たない人も多いと思いますが、それと同時に、「Aだけで完結するよりも、Bのチェックが入る分コストがかかる」と感じる人も多いでしょう。ここで、少し別の角度からも考えてみましょう。
あなたは今、小さな会社の社長であると想像してください。そこでは、社員数がせいぜい数名程度だったとします。ある日、ある社員が大切な仕事で、東京から大阪に出張することになり、社長である自分に承認を求めてきました。社長であるあなたはその仕事が会社にとってとても大切であることを理解しているので、すぐに承認をしました。後日、同じような承認依頼が別の社員からあり、またその翌月にも別の社員からのお願いがあり、あなたは、その都度承認していきます。
ここには特に何も問題ありませんし、内部統制の構成要素も自然発生的に組み込まれています(社員が申請し、社長が承認をする。)
しかし、社員が20人を超え、50人、100人以上になるとどうでしょうか? ある一定の人数を超えてしまうと、すべての申請を社長が承認するということは非現実的になります。そこで組織体制の進化とともに権限委譲の構造が生まれます。(Fig. 2)
世の中の大半の人は、既存の会社に入社してキャリアをスタートすることが多いため、会社のヒエラルキーやその中に承認の階層が埋め込まれていることが当たり前になっているかと思いますが、申請をしなければならない従業員にとっては、「ああ、今回の稟議は高額だから、役員まで承認が必要だ」「うちの会社は、たくさんハンコがいるしお役所仕事みたいだ」と感じてしまうことも多々あるかと思います。しかしながら、このような構造ができる理由は上記の通り、会社運営の効率をあげるためです。
ここで一つとても単純な、しかし、とても重要な事実が出てきます。
「会社全体として効率的である」ということと「個人の業務が効率的である」ということは必ずしも一致しない
という事実です。元々特定の権限者一人に集中していた業務を、社員全員で分け合うという行為は、会社として合理的である反面、個々の社員にとっては仕事が増えることを意味します。特に「出張申請」「費用の立替精算」などは間接業務であり、本業と直接関係がないため、個人の「利益」にはなりにくく、面倒に感じやすいものです。このように個々人の効率性の追求(個人の利益)と会社全体の効率性の追求(会社全体の利益)がぶつかり合う状況のことを、利益相反といいます。
利益相反と聞くと、「あれ? 利益相反って、社員が外部ベンダーを選ぶ時に、勝手に自分が仲の良いベンダーを選んだりするような(ときには裏でワイロを貰うような)、会社にそれなりの損害を与えうる状況や行動じゃないの?」と思い浮かべる人も多いかと思いますが、この例のように実際は大なり小なり,世の中の至る所に存在します。
というのも、人には必ず複数の立場や役割が与えられているからです。家族のお父さんは、子どもの父親であると同時に、奥さんの結婚相手でもあり、また会社の従業員でもあったりします。仕事に邁進するあまり家族のことは顧みないお父さん・・というのは、昔からよく聞く話ですが、これも会社員としてのお父さんの行動が、家族に不利益を強いている状態です。人が「自分自身」という役割も含め複数の役割を与えられている以上、それらの間で「利益相反」が起こることは避けることが出来ません。
一旦内部統制から離れますが、利益相反についてもう少し考えてみます。
利益相反は、上記で説明した通り、その存在自体が違法となるものではありませんが、相手に何らかの損害を与えるリスクがあるため、何かしら対処が必要です。
利益相反によって生じるリスクに対処するためには、大きく分けて2つのアプローチがあります。一つは、利益相反自体を解消すること、もう一つは、そのリスクを制御することです。ここでは、企業の中で起こり得る「会社 vs 従業員」の利益相反にフォーカスして説明してみましょう。
利益相反そのものを解消するには、いくつか方法がありますが、最もポピュラーなものとしては、次のようなものがあります。
利害を一致させる
一番ストレートな解決方法は、利害を一致させることです。
その一つが成功報酬。成果報酬とは、個人の業績や成果に基づいて支給される報酬のことで、例えば保険会社の営業担当者が、売れた保険契約の数量・金額に応じて報酬を得るなどが挙げられます。これは、個人の利益の最大化=会社の利益の最大化とすることで、利益相反を解消する仕組みです。
また、成功報酬と対を成すものとして、ペナルティ(罰則)があります。従業員が会社に対して何らかの大きな損害を与えた場合に懲戒免職をするのは勿論ですが、それ以外にも、在庫減毛率が悪い倉庫や店舗に対して、何らかのペナルティを課すのも、同様です。いずれも、会社の損失と個人の損失を一致させることで、個々の従業員の行動を抑制させます。
利害が一致しない人を選ばない
当たり前ですが、そもそも利害関係者となりうる従業員を、そのような状況・業務から遠ざけることで利益相反が解消されます。例えば、外部委託先を選定する際、その候補先と何らかの関係(親族、友人など)ある従業員を、選定プロセスに含めないなどが一般的です。
利害が起こる状況をなくす。(利益相反を起こす環境・業務自体を見直す)
前述の通り利益相反はありとあらゆるところに存在するため、利益相反自体をなくすことには無理がありますが、場合によっては検討する価値は十分にあります。最も分かり易い例は、「仕事のムダ」です。例えば、先程の経費申請の例で、「承認が多すぎる」という問題は、裏を返せば、稟議承認の階層を減らせば解決します。すなわち、権限委譲を推し進め、比較的高額な案件も低い階層の担当者の承認で済ませるようにすれば、問題の原因が取り除かれます。ただ、承認者が多いことを「ムダ」と呼んで良いのかは、判断が別れるところですが、多くの人が”面倒だな”と感じるプロセスを見直すことには価値があります。
利益相反自体を解消するアプローチは極めて合理的である一方、限界もあります。
成功報酬は、非常に一般的ですが、利害が一致するのは会社と従業員の間のみで、且つ、一時的なものです。顧客にとっては不利益になる可能性があります。例えば訪問販売の押し売り、強引な勧誘、不必要な保険商品の販売など、自分が嫌な思いをしたことがある人も多いのではないでしょうか。長期的には会社に大きな損失を与える恐れがあります。罰則・罰金についても、言うまでもなく、過度になると従業員を萎縮させたり、時には不正行為を誘発するおそれもあります。
利害関係者を特定の業務に従事させないというのも、人的リソースの観点から難しい場合が多々あります。店舗工事をお願いする建設会社を選定する場合、店舗工事を担当する部署が選定をするのが普通です。この時利益相反のリスクを抑えるために、別の部署の知識・経験のない担当者にすると、選定自体が適切に遂行できない可能性も出てきてしまいます。
業務の見直し・廃止については、上記の権限移譲の例でいうと、権限の移譲を推し進めた結果、会社が損失を被るような事件・事故を引き起こしてしまうリスクが(多少なりとも)増えてしまうことは避けられません。
利益相反の解消は、問題の根本を取り除くという意味で極めて効率的ですが、利益相反は至る所にあらゆる形で存在するので、それだけでは対応しきれません。そこで登場するのが内部統制です。内部統制は、利益相反とは異なり目に見えますので、多くの人に馴染み深いものがたくさんあると思います。
例)
従業員が費用を使いすぎないように、上長が経費申請を承認する。
金融機関の営業マンが、金融知識・経験のない高齢者に高度な金融商品を売らないように、チェックする。
取引先からの入金が適時に行われるよう、毎月経理担当者が入金を確認する。
システムの特権ユーザーが、一般従業員に付与されないように、登録前に事前にチェックする。
不必要に高額な原材料の仕入れを避けるために、相見積もりを取る。
ランダムにピックアップしてみましたが、少し注目していただきたいのは、それぞれ利益相反を起こす関係者が違うところです。話を簡単にするために、会社視点でだれと利益相反が起きているかを整理すると下記のとおりになります。
対従業員:社員は、たくさん経費を使いたいけど、会社は経費を削減したい。
対取引先:会社は高額な商品を売りたいけど、取引先は余分なものはほしくない。
対取引先:会社は早く代金をもらいたいが、取引先は支払いを遅らせたい。
対従業員:会社はシステムを自由に使わせたくないが、社員は自由につかいたい。
対従業員(対取引先):会社は安くて質の良いサービスを購入したいが、従業員は手っ取り早く顔見知りの会社から買いたい。
ただ、業務の見直し廃止そのものが、非常に難しいという問題もあります。トヨタ自動車では「事技系職場における7つのムダ」(Source: PRESIDENT ONLINE)のようなポスターをわざわざ作っていますが、これを見ると、多くの人が共感することばかりではないでしょうか?
多くの人が共感するのにもかかわらず、改善するのが難しいのは、